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東京地方裁判所八王子支部 昭和35年(ワ)232号 判決

原告 斎藤拳三

被告 武陽信用金庫

主文

被告は原告に対し、金一万二三九一円及びこれに対する昭和三五年五月二六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決中原告勝訴部分は、仮りに執行することができる。

事実

第一、求める裁判

原告は、「被告は原告に対し、金一一四万六八六一円及びこれに対する昭和三五年五月二六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、事実上の陳述

請求の原因

原告は訴外秋田建材株式会社(以下単に訴外会社という。)に対し金一四四万三〇九円の執行認諾約款付公正証書による消費貸借上の債権を有し、これが執行のため、訴外会社が被告に対して有する(一)昭和三四年一一月二五日に訴外会社が被告に対し、支払期日昭和三五年五月二五日、年利五分六厘の定めで預け入れたのによる定期預金一〇七万円及びこれに対する右預入日から昭和三五年四月二八日までの右利率による利息金二万五四四一円の、(二)昭和三四年一一月一〇日に訴外会社が被告に対し、支払期日昭和三五年一一月一〇日、年利六分一厘の定めで預け入れたのによる定期預金五万円及びこれに対する右預入日から昭和三五年四月二八日までの右利率による利息金一四二〇円の、右合計金一一四万六八六一円の債権につき、債権差押及び取立命令を当裁判所に申請し(昭和三五年(ル)第八二号及び同年(ヲ)第八五号)、昭和三五年五月六日その旨の命令が発せられ、右各命令は同月一一日債務者たる訴外会社に、同月七日第三債務者たる被告に各送達せられ、原告は同月二五日被告に対しその支払を求めたが拒絶されたのでここに被告に対し、右金一一四万六八六一円及びこれに対する昭和三五年五月二六日以降完済まで年六分の割合による損害金の支払を求める。

答弁及び抗弁

原告が請求原因として主張する事実のうち、原告が訴外会社に対しその主張の如き債権を有することは知らないが、その他はすべて認める。しかるところ、原告の請求は次の理由によつて失当である。

一、被告は昭和三四年一一月一〇日訴外会社との間に、手形貸付、手形割引、証書貸付、当座取引その他の銀行取引を継続的に行うことを約するとともに、右取引契約上の訴外会社の債務につき(イ)訴外会社が被告に対して負担するすべての債務中いずれの債務でも不履行があつたときは、被告は、被告の訴外会社に対するすべての債権と、訴外会社の被告に対する預金その他のすべての債権とを、債権債務の期限のいかんに拘らず、相殺できるし、また(ロ)期限後の損害金はすべて日歩六銭とする、旨を約した。

二、被告は右約定に基き、訴外会社に対し、(い)昭和三四年一一月一〇日金一六万八〇〇〇円を弁済期同年一二月二六日の定めで、(ろ)同年一一月二五日金六一万三三〇〇円を弁済期昭和三五年二月一一日の定めで、(は)昭和三五年一月二八日金一〇〇万円を弁済期同年三月二八日の定めで、それぞれ利息を前引し貸付金額を手形金額、貸付日を振出日、弁済期を満期とする訴外会社振出の約束手形を担保に取つて貸し付けた。

三、然るに訴外会社は右各借受金を弁済期に支払わなかつたので、被告に対し右各借受金及びこれに対する弁済期の翌日から完済まで日歩金六銭の割合による遅延損害金を支払うべき債務を負うに至つた。

四、ところで、被告が訴外会社に貸付をするにあたつては、訴外会社がその支払をしない場合に、被告が貸付債権と相殺する目的で、訴外会社をして、請求原因中の(一)、(二)の定期預金をなさしめた。

五、然るに昭和三五年五月七日被告は原告主張の如く債権差押及び取立命令の送達を受けたので、被告は訴外会社に対し同月一二日到着の書面を以て、前記一(イ)の約定に基き、被告が訴外会社に対して有する前記貸付金及び損害金のうち次の金一一四万五五〇二円の債権を以て、訴外会社が被告に対して有する前記定期預金債権及びその利息債権中次の対当額の部分と相殺する旨の意思表示をした結果、ここに差押、取立の目的たる債権は消滅に帰した。右相殺における各債権の内訳は次の如くである。

自働債権の内訳

(1)前記二(い)の貸付金の内金一六万円及び右金員に対する弁済期の翌日たる昭和三四年一二月二七日以降昭和三五年五月六日まで日歩六銭の割合による遅延損害金一万三三〇五円、(2) 同(ろ)の資付金六一万三三〇〇円及びこれに対する弁済期後なる昭和三五年二月二二日以降同年五月六日まで右同一割合による遅延損害金三万一二七八円、(3) 同(は)の貸付金の内金二九万八八八七円及び貸付金一〇〇万円に対する弁済期の翌日たる昭和三五年三月二九日以降同年五月六日まで右同一割合による遅延損害金二万三四〇〇円、以上合計金一一四万五五〇二円

受働債権の内訳

(1)請求原因中の(一)の定期預金一〇七万円及びこれに対する預入日たる昭和三四年一一月二五日以降昭和三五年五月六日まで年五分六厘の割合による利息金二万四〇一六円、(2) 同(二)の定期預金五万円及びこれに対する預入日たる昭和三四年一一月一〇日以降昭和三五年五月六日まで年六分一厘の割合による利息金一五一九円、以上合計金一一四万五五〇二円

六、以上の次第であるから原告の本訴請求は失当である。

右抗弁に対する原告の認否

被告主張の被告の訴外会社に対する債権の存在及び相殺の事実は知らない。

第三、証拠

原告は、甲第一ないし第四号証を提出し、乙第五、六号証の成立は認めるがその他の乙号各証の成立は知らない、と述べ、被告代理人は、乙第一ないし第七号証を提出し、証人志村要作の証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

原告が訴外会社に対しその主張の如き金一四四万三〇九円の債権を有するとして、これが執行のため、昭和三五年五月六日当裁判所において、訴外会社の被告に対して有する(一)支払期日昭和三五年五月二五日、年利五分六厘の定めの定期預金一〇七万円及びこれに対する預入日たる昭和三四年一一月二五日以降昭和三五年四月二八日までの利息金二万五四四一円の、(二)支払期日昭和三五年一一月一〇日、年利六分一厘の定めの定期預金五万円及びこれに対する預入日たる昭和三四年一一月一〇日以降昭和三五年四月二八日までの利息金一四二〇円の、右合計金一一四万六八六一円の債権につき、差押及び取立命令を得て、右各命令が昭和三五年五月一一日債務者たる訴外会社に、同月七日第三債務者たる被告にそれぞれ送達せられたことは、当事者間に争がない。

そこで被告の抗弁について判断する。

証人志村要作の証言とこれによつて成立を認める乙第一号証によれば、被告と訴外会社との間に被告主張一の如く取引契約がなされ、右取引契約上の訴外会社の債務につき被告主張の如き相殺に関する約定、損害金に関する定めがなされたことが認められる。もつとも相殺の点に関する乙第一号証第三条の記載は、「私の貴庫に対するすべての債務中何れの債務でも、債務不履行………による場合には勿論、………諸預け金其他貴庫に対する私の債権はすべて私の貴庫に対する一切の債務に対し、右債権債務の期限の如何に拘らず、又私へ通知をせずに差引計算(相殺)下さいましても異議がないこと」となつていて、右の文言は、相殺の方法の点において前記認定と異るものがあるけれども、前記証言の全趣旨及び被告が後記の如く相殺の意思表示をしている事実を合せ考えると相殺に関する約定は、前記認定(被告の主張どおり)の如く、被告のための相殺適状の発生の点に特例を設けるだけで、この適状成立後被告のなす意思表示によつて相殺がなされるという趣旨において成立したものと認めるのが相当である(仮りに相殺の方法をも含めて右条項の文言どおりの内容の約定が成立したものとしそしてかかる相手方に相殺のなされたか否かを知る機会を与えないでなされる相殺方法は相手方の地位を不当に不安定にし、ひいては取引関係者にも不測の損害を及ぼすおそれがあるが故に、右約定中相殺の方法に関する部分は効力を持たないとしても、これがため相殺に関する本件約定全部が無効となるとは考えられないから、右約定による相殺権発生後一般原則により意思表示によつて相殺し得ることになる。)

つぎに前記証言とこれによつて成立を認める乙第二ないし第四号証を合せれば、被告が前記取引契約に基き訴外会社に対しその主張二(い)、(ろ)、(は)の如く三口の貸付をしたが訴外会社においてその支払を怠つたことが認められ、従つて訴外会社は被告に対し被告主張三の如き債務を負うに至つたことになる。

しかるところ成立に争なき乙第五、六号証と前記証人の証言によれば、被告が訴外会社に対し、前記相殺の約定に基き、昭和三五年五月一二日到着の書面を以て、その主張五の如き内容の相殺の意思表示をしたことが認められるのであるが、その自働債権とされ、また受働債権とされた双方の債権が差押前(差押命令が第三債務者たる被告に送達されたのは前記の如く昭和三五年五月七日である。)にすでに右約定により被告のため相殺適状にあつたことは明白であり(従つて、差押後に受働債権が相殺適状に達した場合の問題をも生じない。)、そして、債権差押後に被差押債権に対し第三債務者が相殺をするには債務者(被差押債権の債権者)に対し相殺の意思表示をなすべきものと解せられるから、被告のなした右相殺はその効力を生じたものといわねばならぬ。その遡及効の有無について考えるに、右の約定による相殺適状は被告のための一方的のものであるから、かような相殺適状が発生したからとてそこには相殺の遡及効の基礎とされる事情(双方の債権が相殺適状にあるときは、当事者双方は債権債務関係は決済されているかのように取り扱うのが普通であるという事情)は存しないし、また、被告の訴外会社に対する前記取引契約上の債権は訴外会社の被告に対する預金債権等よりその利息、損害金等において高率であることが窺われるから、相殺の遡及効は常に被告の不利になるのに、もし遡及効をもたせる趣旨であるなら、むしろ約定による相殺適状発生のとき、すなわち訴外会社の債務不履行の場合には当然相殺となるとするの簡明なるに如くはないのに右の場合被告において相殺し得るものとしていることから考えると、被告において「差引計算(相殺)」(前記乙第一号証第三条参照)し得るというのは、その相殺のときの状態で差引計算をする趣旨であつて、いわゆる遡及効は認めない約定であると見るのが相当である。

そこで被告のなした相殺の結果を検討する。被告主張二(い)の貸付金の内金一六万円に対する被告主張の割合による被告主張の期間の損害金は一万二八六四円、同(ろ)の貸付金に対する同様の損害金は二万七六〇〇円、同(は)の貸付金に対する同様の損害金は被告主張の如く二万三四〇〇円となり、訴外会社の被告に対する一〇七万円の定期預金に対する被告主張の割合による被告主張の期間の利息は二万六九二三円となり(以上いずれも円位未満四捨五入)また五万円の定期預金に対する同様の利息が被告自ら主張する一五一九円を出ないことはいずれも計算上明白であるから、結局自働債権合計額は金一一三万六〇五一円となり、受働債権合計額は金一一四万八四四二円となるのであつて、民法第五一二条、第四九一条、第四八九条第二号により充当計算するときは、金一〇七万円の定期預金債権元本の内金一万二三九一円を残存せしめて受働債権中その他のものはすべて消滅したことになる。

よつて原告の本訴請求中被告に対し右金一万二三九一円及びこれに対するその弁済期後なる昭和三五年五月二六日以降完済まで年六分の割合による損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきも、その余は失当として棄却すべく、民事訴訟法第八九条、第九二条、第一九六条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 古原勇雄)

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